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海外との比較で見る金融教育の課題

石田教授
取材にご協力頂いた方

関西大学 政策創造学部 政策学科
石田成則教授
略歴
1991年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了後、1991年~2015年まで山口大学経済学部の助教授と教授を経て、2015年から関西大学政策創造学部教授。2009年3月に早稲田大学にて商学博士を取得。所属学会は、日本保険学会(理事長)、生活経済学会(理事)、日本年金学会、日本労務学会、日本ディスクロージャー研究学会など。

投資初心者から上級者まで、金融リテラシーの重要性が高まっています。しかし、日本と海外では金融教育に大きな違いがあります。

本記事では、関西大学の石田教授に、日本と海外の金融教育の差異、日本人の金融知識の特徴、そして今後の課題について詳しく解説していただきました。

目次

海外と日本の金融教育の違いはどのような点だと思われますか?

海外と日本の金融教育の違い

石田教授による解説

諸外国と日本を比較する際、日本人がお金を預ける運用先は預貯金が非常に多く、証券会社等を通じた投資商品は割合が低い、という事がよくいわれる。これには需要側・供給側の要因、つまり投資する側の要因と金融機関側の要因の両方があるので、金融リテラシーだけが根拠になる話ではない。日本は銀行の存在感が非常に大きい「間接金融市場」が中心で、ヨーロッパの一部の国やアメリカ、イギリスあたりは証券会社などが強い「直接金融市場」が中心的役割を果たしている。わが国では高度経済成長の一部の期間やバブルの時期を除けば、インフレ率も低く、低金利であっても預貯金によって安定的に資金を増やすことができたことも影響している。ドイツやイギリスでは、不況時の物価高を経験し、ただ銀行にお金を預けているだけでは資金が目減りしてしまう。そこで証券会社等が高金利商品を打ち出して、顧客を獲得した経緯もある。わが国では失業率も低く雇用も安定しているために、そもそもリスクをとって高金利商品に手を出す必要性は低い。また戦後から一貫して社会保障の充実期にあり、老後生活や病気をした時の資金的な不安も少ないために、お金を増やす必然性は感じない。住宅ローン、教育ローン、そして自動車ローンまでも、銀行をはじめとした金融機関が提供し、また勤め先の福利厚生も充実していたために各種ローンも勤め先でお世話になることが多かった。国・政府と勤め先が丸抱えして生活を保障してくれている中で、余剰資金を短期の預貯金に回せばよく、リスクをとって金融商品を購入したり、株・債券に手を出す場面は多くなかったと考えられる。市場経済における政府の役割の大きさも金融市場の構造も異なる中で、単純に、金融資産の保有割合だけで比較することに意味はない。

また、金融資産の保有割合に金融教育が及ぼす影響もさほど大きくないと考えられる。たとえば、欧米では、会社が提供する企業年金もわが国の確定拠出年金のように、自己責任による自己投資が原則である。そのために、会社の社員に対する投資教育(金融教育の一環)を施さなければならない。その理解度は、年齢や投資経験によって異なることは事実としても、押し並べて低いとの結果が出ている。学校や家庭で金融教育が充実していても、必ずしも職場での投資教育の成果が高いわけではない。金融教育が充実していると、個人がリスク志向になり、投資に熱心になると言われているものの、多くの社員は会社が予め指定した金融商品(デフォルト商品)を選ぶ傾向にある。また、会社形態の機関投資家は年金資産を合理的に運用し、長期・分散投資が徹底しているものの、個人の社員の運用行動はそれとは大きく異なって「非合理」になっていることも指摘されている。金融教育、投資教育の明らかな限界が見て取れる。

他国と比べて、日本人の金融知識や能力にはどのような長所と短所があるとお考えですか?

他国と比較した日本人の金融知識や能力

石田教授による解説

わが国の金融教育に比べると、欧米の金融教育にはいくつかの特徴がある。

1.まず極めて体系的であり、アドホックなものではないことである。これは、国、アメリカでは州が音頭をとって、カリキュラムを体系化していることによる。

2.つぎに、官民の連携、政府と民間企業、そして教育関連のNPOが連携をとって実施していることが挙げられる。

3.さらに大事なことは、金融教育を施す人材、教師の育成に尽力していることである。この点は、2022年から高校の家庭科で金融教育が盛り込まれているものの、適切な教師が育っていないことと対比される。人材が育っていないことを口実に、銀行や保険会社に所属する専門家に丸投げしてしまうと、貴重な、かつ有益な情報提供にはなっても、必ずしも教育の体をなさないこともある。教育現場と金融業界をつなぐNPOなどが、役割を果たせていないことも影響している。

4.金融教育の目標を明確に設定し、その成果を測るPDCAサイクルを回していることである。前者はとくにイギリスに、後者はとくにアメリカにあてはまる。金融教育によって個人の金融行動、金融商品選択を変えようとしている国などどこにもない。まずは、自助努力や自己責任によって自らの足で立ち、自らの頭で考えて、生活設計していくことを重視している。金融商品選択をはじめとして、消費者をリスク志向にする方策とは考えない。自己責任を果たせる範囲で、リスクをとることが推奨されるだけである。イギリスやアメリカで、クレジットカードや各種ローンの仕組みとそこに潜むリスクに重点を置くのも、この点を重視してのことである。金融教育は投資教育だけではない。生活や職場に潜むリスクに上手く対処して自らの身を守り、より良く生きる力や生活する知恵を授けながら、生活を充実してウェルビーイングを実現するために実施されている。

併せて、わが国では何事もインプット評価になっており、総じてアウトプット評価が軽視されていることも、形骸化した金融教育に陥っていることに影響している。

金融教育における「金融包摂」の扱いについて、日本と海外ではどのような違いがありますか?

「金融包摂」の扱いに関する日本と海外の違い

石田教授による解説

特段の金融教育を施すことがなくとも、国・政府や会社が社会保障や企業福祉の仕組みによって生活リスクから保護している状況は、確かに包摂性が高いといえる。間接金融市場の日本ではあまり個人投資家が多くないので、高度経済成長の際は会社が得た利潤を投資家よりも従業員に還元し、給料やボーナスを増やしてきた。そういう成功体験から、会社のために頑張って働いていれば給料も伸びる、汗水垂らして働けばいい、と考えることになる。

アメリカやヨーロッパの会社は、儲かったら株主や投資家に多くを還元して従業員の給料はそれほど上がらない。多くの国では過去のインフレや賃金の上がり方から考えて、投資をして「お金に稼いでもらおう」とすることになる。ただこうした国々では、所得、職業、人種、性別によって、金融教育の理解度が異なり、格差が生じることが懸念されている。教育機会をどのように普遍的に確保していくかは大きな課題となっている。

ただわが国でも、金融技術を使いこなす層とそうで無い層によって、デジタルデバイスが生じ、そのことから所得や世帯収入の二極分化が進むリスクを孕んでいる。またわが国では、金融教育の機会について、家族形態や雇用形態による格差が問題になりうる。とくに、企業福祉が充実していない非正規雇用者や中小企業の従業員が不利益を被り、金融排除が進展する危険性があることになる。

フィンテックの発展が金融教育に与える影響についてどのようにお考えですか?

フィンテックの発展が金融教育に与える影響

石田教授による解説

金融技術革新の金融教育への影響として、フィンテックの一環として携帯アプリを活用することで利便性が高まり、ユビキタスになりタイムロスも解消されれば、若年者への教育効果は大きいと思われる。また関連するNPOなどによって、動画やゲームを活用した教育ツールが携帯アプリで使用されるようになれば、一定の成果は期待できると思われる。ただし、いくつかの調査では、こうした携帯アプリを活用した資金運用も長続きしないことが明らかになっている。そこで、管理が面倒で長続きしない点に対して、目標の可視化と短期間的な成果の確認が大切になる。書籍の積んどく派と同様に、単にアプリをダウンロードしているだけでは意味がない。日々の成果の実感と、ゲーム感覚を生かすなどの継続性が不可避になる。個性に合わせたアプリの開発が出来れば、より成果が上がると思われる。

日本の金融教育を改善するために、どのような政策や取り組みが必要だとお考えですか?

日本の金融教育を改善するために必要な政策とは

石田教授による解説

決して日本人が投資を嫌がってるとか、考えてないとかではなく、どちらかと言えば生活設計上の成功体験が障害になっていると考えられる。現在は経済力が低くなって会社も高い収益を上げられず成長できていない。直近まで労働分配率は20年間ほど下がり続け、その間の従業員の給料も上がらなかった。しかしながら、過去の成功体験があるのでなかなか頭が切り替わらない。会社に忠勤して一生懸命働いていれば将来もなんとかなる、と考えるのは不幸な話である。

また2022年から高校の家庭科で金融教育が義務化されているが、先に述べたようにまだまだ問題点が多い。まず、より小さい頃より体系的に教育することが大切になる。加えて、家庭科の教育では金利や為替の話には深く立ち入らず、家計の管理や家計簿の話に終始してしまいがちである。経済動向や政策の話まで踏み込んで理解できるようにするのが、金融教育の大前提になる。この点について、専門ではない教師だと教育するのが難しく、かといって中立的ではない外部に任せると金融教育が歪むリスクもある。そこで教育現場と金融業界の連携だけでなく、家庭と学校、家庭と職場の連携も大切になると思われる。

今までの習慣や成功体験を根底から変えるのは並大抵の苦労ではない。しかし、子どもの将来を思うのであれば、自分たち、つまり親世代の意識改革こそが求められる。生活上の様々なリスクと、その際のお金の大切さに、目を向けさせなければならない。そのために、幼少期対象の金融セミナーや高校の金融教育にも、時には親子同伴で参加できることが望ましい。

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