京都大学大学院/工学研究科
藤井聡教授
略歴
1968年奈良県生まれ。
1991年京都大学工学部土木工学科卒業。スウェーデン・イエテボリ大学心理学科客員研究員、東京工業大学教授を経て、2009年に母校である京都大学大学院工学研究科(都市社会工学専攻)教授へ就任し、現在に至る。
都市社会工学や交通シミュレーション、交通行動変容、社会的都市交通施策研究などの分野での研究や活動を行う。
『超インフラ論』『〈凡庸〉という悪魔』『大阪都構想が日本を破壊する』など著書多数。
10年後の視点|「三党合意」の評価と現代経済への影響
「三党合意」の野田内閣発足から10年が経過し、経済の変動や新型コロナウイルスの影響を受けた現在、改めて「三党合意」をどのように評価していますか?
藤井教授による解説
比喩的表現を使わせて頂けるなら、日本経済のみならず、日本を文字通りの「地獄」に突き落とす最悪の合意であったと考えます。
あの時の合意が無ければ、8%、そして10%への消費増税もなく、消費税は5%のまま据え置かれ、2010年代の世界中の好景気とアベノミクスによる内需拡大を通して日本経済は大きく成長し、デフレ脱却がかなっていた可能性が十分に考えられます。
ですが、あの三党合意で、(ウクライナ戦争と円安の煽りをうけて幾分インフレ率は0%を上回る水準となりましたがそれでも未だに世界最低水準のインフレ率ですか、ウクライナ戦争による外的要因がなくなれば、再びインフレ率は0%を下回る様な)潜在的デフレ状況におかれる事になったのです。
そして成長率は世界最低水準を維持し続けており、今後もこの税率が維持される限り(あるいは、抜本的な財政拡大がなされない限り)、その成長率が世界最低水準から脱却することは当面なくなってしまうこととなり、日本人は世界的に見て、貧困と呼ぶべき水準に早晩転落する事になることは必定です。
消費増税の予測と実際の経済への影響|専門家の見解とギャップ
2011年当時、多くの学者や専門家が消費増税の影響は軽微であると考えていました。しかし、実際の結果として経済に大きな影響が生じたとの指摘があります。このギャップについて、どのように考えますか?
藤井教授による解説
学者といえども、「社会の構成員」です。「社会の構成員」である以上、彼らの強烈な「社会心理的影響」を受ける事になります。
経済学者が属する経済学会には、消費税を是認する強烈な規範が存在しています。その規範は、第一にSocial Norm(社会的規範)と呼ばれる、「他者からの圧力」です。
消費税を是認することが「socially desirable as a scholar」(学者として社会的に望ましい)振る舞いであり、消費税を否定することが「socially undesirable as a scholar」(学者として社会的に望ましくない)振る舞いと認識される「規範」が存在しています。
さらに、彼らの内的な規範であるPersonal Norm(個人的規範)と呼ばれる「倫理的・道徳的規範」の点から言っても、消費税を是認することが「公正で正しい」振る舞いであると認識されています。
それは、「消費増税をしなければ少子高齢化社会において借金が増え続け、財政が破綻し、国民が大きな不利益を被る」という物語(narrative)が支配的な物語(dominant story)として共有されてしまっているからです。
しかも、その「財政破綻物語」は、多くの経済学者のパラダイムである主流派経済学(あるいは、新古典派経済学)によっても裏付けられていることから、彼らは一般の人々よりもより強烈にその「財政破綻物語」を信じる事になっています。
具体的に言うなら、主流派経済学では、貨幣量が中央銀行の金融政策と政府の国債発行によって増減し、それによって経済活動に甚大な影響を及ぼす、というメカニズムが存在しない事になっており、中央政府と一般の企業との「借金」を巡る行動メカニズムについて無差別(差が無い)であることが前提となっているからです。
さらに具体的に言うなら、彼らのモデルには常に、政府には「所得制約」が存在し、長期的な収入と支出が一致することが前提となってモデルシステムが構成されているわけです。
こうしたモデルシステムは、現状の実際の経済の実態とはかけ離れた「誤った」前提に作られたモデルシステムなのですが、彼らはそのモデルの前提の正しさに頓着せず、ただ、「そのモデルのが正しい」ということが学会における「常識」であるということです。
それを全ての前提にして、思考を展開し、消費税の増税が善であり、それを阻止する議論が悪であるという道徳的規範を個人的規範(personal norm)として頑なに信じている、という状況にあります。
しかも、その個人的規範を、政府における特定省庁(財務省)が強力に指示し、その規範に基づいて振る舞う学者を、審議会等で徴用するということを通して、その規範を政府の政治権力を使って強化しているという実情もあります。
その結果、2014年の8%消費増税の時、官邸が主催したヒアリングで、ごく一部の例外を除く9割以上の経済学者が消費税の増税の影響は軽微であり、増税すべきだと主張したわけです。
ところが、おっしゃるように、その増税によって甚大な経済被害が生じている。
普通ならば、その被害を目の当たりにすれば、みずからの主張のどこに問題があったのかの点検が始まる筈なのですが、経済学会全体で、「増税が必要だ」という物語を共有していることから、(社会心理学で言うところの認知的不協和理論の帰結として)そうした反省が一切行われないという状況になっています。
つまりこれは、経済学の問題ではなく、純然たる社会心理学がこれまで何度も明らかにしてきた、「人間の集団的非合理行動」の一種であるわけです。
新型コロナウイルスと日本経済|危機への対応策と政策提案
新型コロナウイルスの影響を受けて、日本経済は大きな打撃を受けました。このような未曾有の危機において、政府や経済界が取るべき対策や方針について、あなたの意見や提案はありますか?
藤井教授による解説
まずは5%への消費税減税です。
平行して、日本国家にとって必要な公共投資とは何かをあらゆる分野(防災、交通、エネルギー、都市、研究、人材等)にわたって検討し、その優先順位にしたがって公共投資を拡充していくことが必要です。
それに加えて、過剰なグローバル化や自由化を抑止し、国内の産業を保護する各種制度改正を行うべきです。
同時に、パンデミック時に過剰に行動規制をかけるのではなく、健康的、社会的、経済的な総合利益を見据えながら、行動規制をかける体制を今のうちから整えておくことも(パンデミックによる過剰自粛による被害を軽減するためにも)重要です。
消費税の未来|増税の教訓と次のステップ
消費増税の影響を踏まえ、今後の消費税の方針や税率について、どのような変更や対応が必要だと考えますか?
藤井教授による解説
まずは、今のインボイス制度を延期・凍結すべきです。
それができないなら、その経過措置を、経済状況が好転するまで延期し続けるべきです。
次に、消費税率を、経済が成長軌道に乗るまで5%に引き下げることが必要です。
そして経済が上向いてきて、成長が過剰となった状況が訪れれば、(財源確保ではなく)消費抑制の趣旨で、消費税得率の引き上げを検討することをはじめればよいものと考えます。
日本経済政策の課題と解決策|税制改革の方向性
現在の日本の経済政策や税制にはどのような課題があり、これを解決するための具体的な提案や方針は何だと考えますか?
藤井教授による解説
最大の問題は、プライマリーバランス(PB)規律を導入している点にあります。 プライマリーバランス(PB)とは
プライマリーバランス(PB)とは、社会保障や公共事業をはじめ様々な行政サービスを提供するための経費(政策的経費)を、税収等で賄えているか どうかを示す指標です。現在、日本のPBは赤字であり、政策的経費を借金で賄っている状況です。(参考:財務省)
これが有る限りにおいて、日本政府は、日本経済を上向かせるための財政拡大をすることが事実上不可能となります。
仮に財政支出を拡大しても、PB規律があれば、その拡大した分の「増税」あるいは「支出カット」が短期的に実施されることになるからです。
つまり、PB規律が有る限り、アクセルを踏めば踏むほど、ブレーキをそれに比例してより力強く踏み込む事になります。
これでは万が一にも日本経済が復活を遂げることはないでしょう。
そもそもPB規律を導入している主要国は世界中に一切存在しません。
全ての国がPB規律よりも緩やかな財政規律でもって、財政運営を行っているのです。
日本経済の復活、そして、日本財政の真の健全化を考えたいのなら、PB規律よりもより自由度の高い、長期的な視点に立った財政規律(例えば数十年累計PBの縮小、等)への、現状の規律緩和が必須であると考えます。