中央大学 理工学部
生田目 教授
略歴
1994年 東京理科大学工学部第一部経営工学科 卒業
1996年 東京理科大学工学研究科経営工学専攻修士課程 修了
1999年 東京理科大学工学研究科経営工学専攻博士後期課程 修了、博士(工学)
1999年 東京理科大学工学部第一部経営工学科 助手
2002年 専修大学商学部商業学科 専任講師
2013年 中央大学理工学部経営システム工学科(現・ビジネスデータサイエンス学科) 教授
(現在に至る)
ビッグデータを活用する上での最大の課題は何だと思いますか?また、それをどのように克服すべきだと考えますか?
課題を1つに絞るのは難しいので、ビッグデータ分析で直面する課題について述べたいと思います。
まず、分析面ではやはり人材不足は否めません。ここ数年で大学でのデータサイエンス教育の裾は広がりました。
また社会においても、多くのデータ分析コンサルティング企業の出現など、分析できる基盤は整いつつありますが、方法論の整備やクライアント側のデータ活用に対する理解や体制が整っているわけではありません。
DX実現につなげるためにはビッグデータを活用すべき、していかなければならないという意識と、その成功事例の積み重ねがまだまだ必要です。
次に、データそのものについてですが、IoT機器や張り巡らされたネットワークによって、時々刻々と大量のデータが蓄積されていきます。
データがあればすぐに活用できるわけではなく、どこにどのデータがあるのか、それらはどのように取得されどのような形で保存されているのかを理解して、データ活用にあたってはどのようにそれらを結合したり、クレンジングしなければならないかといった前処理が重要になります。
有効なデータ活用のためにデータ品質を保つためには、大量のデータに溺れない知識と技術を持つ人材やスキームの開発が求められます。
最後は、プライバシーや個人情報の扱いについてです。昨今の消費者保護などの観点で、プライバシー保護、個人情報保護は以前よりも厳しく守ることが世界全体で求められています。
ヨーロッパではGDPR(一般データ保護規則)も施行され、違反すると大きなペナルティを課されます。もちろん個人が守りたい情報を勝手に使うようなことはあってはなりませんが、反面データ活用においては大きな障壁になります。
今は過渡期で、データ保護とデータ活用のバランス、すなわち個人情報の保護と便利な世の中のバランスをどのようにとるかが議論されている最中と考えます。
インターネットにおいてはGoogleがCookieのかわりに、個人データに頼らないPrivacy Sandboxを提唱しましたが、本格運用開始は先にずれ込むというニュースもあり、個人情報を代替するような方法論については今後の開発が望まれています。
ビッグデータ分析において、今後最も重要になる技術トレンドは何だと予想しますか?
「ビッグデータから何を得ようとしているか?」ということを考えてみます。
例えば商品Aを買った人は一緒にBも買うといったような、データに潜むパターンの認識や、将来の需要予測をいかに早くかつ的確に行えるかといった、迅速な意思決定やビジネスを的確に支える有益な情報や知見が重要になると考えます。
機械学習や人工知能(AI)は、まさにデータからのパターン認識や予測モデリングの中心であり、これらの技術の進化はビッグデータ分析の能力を飛躍的に向上させます。
最近では、自動化された機械学習(AutoML)や強化学習が注目されていますし、毎日のように生成AIに関する話題も目にするようになりました。生成AIは使い方を間違わなければ、人間の強力な秘書的役割ができるようになるのではないでしょうか。
ただし、あくまで過去のデータに基づく応答をするだけなので、新しいことを生み出すわけではないという点は注意が必要です。
IoTデバイスやエッジコンピュータが各所で使われるようになったため、端末の近くでリアルタイムにデータが処理されるようになります。これにより、応答時間(レイテンシー)が減少し、より効率的なデータ処理が可能になりました。
連合学習(Federated Learning)のようにデータを集約せずに学習するようなスキームがもっと広がることで、今後の性能アップが期待されます。
まだ、試作段階から抜け出していませんが、量子コンピューティングも大きな可能性を秘めています。現状では、ある種の最適化問題や特定のアルゴリズムでの応用にとどまっていますが、汎用的な計算ができるようなハード、ソフトが出現すればビッグデータ分析におけるブレイクスルーになるかと期待しています。
データのプライバシーと倫理的使用に関して、企業がどのような取り組みをすべきだと思いますか?
個人情報やプライバシー保護については、地域や国、地域の法制度が進められてきました。
罰則付きの法律ですので、当然遵守しないとビジネスができなくなります。
自国の法律だけでなく、事業展開するすべての地域でその地域の法律の遵守が求められます。
国によって考え方がまちまちな部分があるので、企業がそれぞれに対応することは大変でしょう。
実際に大手のインターネット企業が撤退したり、高額な制裁金を科されたりした例は耳にしたこともあるかと思います。
もちろん企業がこうした法令を遵守することは当然ですが、顧客や取引先に対する説明責任やよりよい関係の構築のために、個人情報の取り扱いについての積極的に社内体制を整備していくことも求められます。
その代表的な項目を挙げてみます。
【プライバシー保護の明確化】
自社が収集・利用するデータについて、透明なプライバシーポリシーを設定し、利害関係者に対して明確に伝えることが求められます。すなわち、どのようなデータをどの目的で使用するのか、第三者との共有はあるのか、といった情報が含まれます。
【データ利用に関する適切な同意】
インターネットサイトでのCookieの利用についてはすでにユーザからの同意が当たり前になりました。インターネットに限らず、顧客のデータ収集に際しては、その目的と使用方法について明確に説明し、適切な形で同意を得ることが重要です。
【データ保護とセキュリティの強化】
企業はデータの安全を保つために常に最新のセキュリティ技術を用い、データ漏洩や不正アクセスから保護するための体制を整えるべきです。また、データアクセス権限の厳格な管理など、データ利用を必要な範囲に限定するような管理も含まれます。また、必要のないデータにアクセスしないようにする、目的外の利用はしないようにするなどのために、事前になぜデータを利用するのかについて目的と方法を確認しておくことも重要です。これらのための社員教育も定期的に必要でしょう。
【社内倫理委員会の設置】
データの倫理的な使用を監視し、指針を設定するために倫理委員会を設置することも推奨されます。こうした取り組みができるのは大企業やデータ活用をコアビジネスにしている企業が中心になるかもしれませんが、委員会はデータ使用のガイドラインを作成し、問題が発生した場合には対処方法を事前に検討しておくことも求められます。
ビッグデータが経営意思決定に与える影響について、具体的な例を挙げて教えてください。
経営といってもかなり範囲が広いので、企業経営全体への影響、顧客との関係・サービスの在り方を変化を例にお話ししたいと思います。
ビッグデータを使った経営の変革はすでにいろいろなところですでに表れています。有名なところでは、建設機械や鉱山機械大手のコマツ(小松製作所)は、販売した機械に遠隔で稼働状況を把握できるコムトラックス(Komtrax)という稼働管理システムを導入しています。現地にいなくても監視できるシステムではありますが、ここで蓄積されるデータを分析することで、故障の予測など新しい知見を得ることができました。
こうした予測をもとに「故障が起こる前」にメンテナンスを勧めるなどの新たな顧客サービスにつながっています。
日本のカーナビではVICS(Vehicle Information and Communication System)で渋滞情報を表示していますが、スマートフォンなどで使われる地図ソフトでは、スマートフォンの位置情報とその位置変化に関する膨大なデータからリアルタイムに情報を表示しています。経路探索においても時々刻々変化する状況に合わせた経路表示や精度の高い到着時間の予測が可能になります。
これに限らずスマートフォンは生活に関するあらゆるサービス提供のIoT機器となっていることは身近に感じられるでしょう。
これ以外にも、農業のような第一次産業においてもビッグデータの利用は進んでいます。天候や気温・湿度などのデータと生育状況を掛け合わせることで、より効率的な農業経営ができるようになってきています。
少し視野を広げて、経営問題におけるビッグデータ利用推進場面をまとめてみます。
【顧客行動の予測とパーソナライズされたマーケティング施策】
ビッグデータを活用して顧客の購買履歴やオンラインでの行動パターンを分析することで、企業は個々の顧客に合わせたパーソナライズドなマーケティング戦略を展開できます。例えばEC企業が顧客の過去の購入データや閲覧履歴から、興味を持ちそうな新製品の推薦を行ったり、特定ターゲットにプロモーションすることで、効果的な販売促進をすることができます。
【サプライチェーンの最適化】
製造業では、ビッグデータを利用してサプライチェーンの各プロセスで発生するデータを収集・分析することで、在庫の最適化、運送ルートの効率化、生産スケジューリングの改善などが行えます。実際の消費者需要の予測をリアルタイムに行い、過剰在庫を減らしながら、必要なときに必要な量の製品を生産することが可能になります。
【リスク管理と予防対策】
金融業界では、ビッグデータを用いて顧客の取引履歴や市場の動向を分析し、クレジットリスクの評価やマネーロンダリングなどの犯罪防止を行えます。リアルタイムのデータ分析によって、異常と判断されるような取引パターンを早期に検出し、リスクを最小限に抑えるための予防措置を講じることができます。
【競争分析と市場トレンドの把握】
ビッグデータを利用して競合他社の動向や市場のトレンドを分析することで、企業の戦略的な意思決定が可能になります。たとえば、SNSデータやオンラインレビューを分析することで、消費者の嗜好の変化や新たなニーズを把握し、新商品の開発や既存商品の改善につなげることができるでしょう。
ビッグデータが変革する経営科学の未来について、生田目教授が考えるビジョンを教えてください。
20年前には、ビッグデータという言葉がここまで一般的になることは予想できませんでしたし、人工知能はアニメや映画には出てきていましたが、具体的に生成AIとコミュニケーションができるような世の中を当時は全く予想できませんでした。
未来を完全に予測することはできませんが、今後もどんな技術や方法論が出てくるかについては、我々人類の智慧にかかっています。
ただし、近年ビッグデータ活用によるDXの成功例はいくつかの未来への道筋を照らしていると感じます。業務にもよりますが、完全にデータ駆動型の意思決定ができるところが出てくると思います。
将来的には、企業は経験や勘に頼ることなく、ほぼ全ての意思決定をデータに基づいて行うようになるかもしれません。
高度な分析モデルによるリアルタイムのデータ分析を活用することで、市場の動向、消費者行動、経済変動を正確に把握し、それに基づいた迅速かつ適切な判断ができるようになるかもしれません。
株式投資では、すでに自動化された売買ルールによるHFT(High Frequency Trading)が広く知られていますが、意思決定の様々な段階でこうしたルールベースの意思決定が自動で行われる時代が来るかもしれません。
また、ビッグデータを活用することで、企業は将来の市場の動きやリスクを事前に予測し、それに対応するための戦略を事前に計画することができるようになるでしょう。
こうした施策により、不確実性を大幅に減少させ、よりプロアクティブな経営ができるようになるでしょう。より高度で高精度なレコメンデーションなどもますます進展すると考えます。
ビッグデータは製造プロセス、物流、在庫管理などの運営面でも大きな変革をもたらすでしょう。AIと機械学習を組み合わせることで、オペレーションの自動化が進み、効率化とコスト削減が同時に実現されるでしょう。
こうした面においては、IoT機器やエッジコンピューティングなどのハードウェアもさることながら、より高速に大量データを処理できる基盤技術やアルゴリズムの開発がさらに必要でしょう。
企業が自社の経営成績や効率だけを考えていい時代はすでに終わりました。サステナビリティや社会的責任について理解し実施することが求められます。
ビッグデータは、企業が環境への影響をより良く理解するために用いられ、持続可能な方法でリソースを利用するための戦略を立てるのに役立つでしょう。
エネルギー消費の最適化、廃棄物の削減、効率的な資源管理など、企業の社会的責任を果たす上で重要な役割を担うでしょう。
これらのビジョンは、ビッグデータと先進的な分析技術を組み合わせることで、未来の経営科学がどのように進化するかを論じています。
こうした技術などにより、より迅速で精度の高い意思決定が可能となり、企業は社会的責任を全うしながら競争力を大きく向上させることができると期待しています。