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【滋賀医科大学 勝山教授】ニューロンのゲノムの多様性について

勝山教授
取材にご協力頂いた方
滋賀医科大学/解剖学 勝山裕教授 略歴 金沢大学理学部卒業後、東京都立大学で脳の研究を始め博士号を取得。通産省工業技術院(現:産業技術総合研究所)、ハーバード大学、カリフォルニア大学で研究員・ポスドクとして脳の発生学的・形態学的研究と新規遺伝子の同定を行った。2002年に神戸大学医学部解剖学講座の助手に採用されてからは解剖学教育に従事し、東北大学で講師・准教授として発生生物学、神経解剖学、人体解剖実習の教育を担当し、一方で大脳皮質の発生に関わる遺伝子と神経疾患との関連について研究を進めてきた。
目次

ニューロンのゲノム多様性について

ゲノム多様性のニューロンにおける特異性をご説明いただけますか?

勝山教授による解説

新陳代謝とよく言われるように我々の体では古い細胞が死んで新しい細胞に置き換わります。胃の粘膜細胞であれば3日ほどで新しい細胞に入れ替わり、長い場合でも骨が数年ですっかり入れ替わります。

しかし、生まれた時にすでに脳を構成するニューロンは個体の最後まで生き続けて脳の機能を担い、ニューロンの入れ替わりはほぼありません。ニューロンがネットワークを作る神経線維を観察すると1つとして同じ形態のニューロンはありません。また遺伝子やタンパク質の発現を調べてもニューロンには多様性があります。個々のニューロンは生理学的特徴にも違いが見られます。近年、ゲノムにもニューロンごとの多様性が報告されています。ニューロンゲノムの多様性にはどのような生物学的意義があるのでしょうか。

ニューロンのゲノムは他の臓器細胞のゲノムに比べても損傷やDNA変異を起こしやすいと考えられています。しかしニューロンのDNA修復機構は十分にはわかっていません。

ゲノムに変異が起こってもニューロンは脳の中で活動し続け、老化すると健常者の脳でもニューロンゲノムの変異数は増えることが示されています。癌はヒトの死因の1位で、全ての癌は遺伝子変異が原因です。いわば脳の癌は脳腫瘍ですが、脳腫瘍はグリア細胞や髄膜に由来し、ニューロンゲノムの変異が癌を起こすことはほぼありません。

ゲノム変異が生じるメカニズム

胎生期や出生後のニューロン産生過程で、どのようなメカニズムでゲノム変異が生じるのでしょうか?

勝山教授による解説

脳を構成する1千億個近い膨大な数のニューロンは胎児期の短期間に大量に産生されます。ニューロン産生の細胞分裂はとても激しい出来事でありゲノムが不安定化します。それが短時間に早いスピードで進むと遺伝子変異や染色体異常の原因になりうります。産生されたニューロンが高い割合で細胞死を起こしますが、一部の染色体異常や遺伝子変異を持っているニューロンは神経ネットワークに組み込まれることも知られています。

生後にもニューロンのゲノムは不安定な状況に晒されます。脳は体重の2%くらいですが、脳が消費する酸素やグルコースは全身の消費量の20%強と見積もられており、ニューロンがいかにエネルギーを大量に必要とする細胞であるかがわかります。

エネルギー産生で生じる活性酸素はゲノムDNAを不安定化させます。ニューロンは神経興奮が起こるたびに特定の遺伝子の発現を増減し、その際にDNAの構造が大きく変化する必要があります。つまり正常なニューロンの活動においても常にゲノムDNAが不安定になり、ニューロンのゲノムの多様性を生じる可能性があります。

ニューロンのゲノム多様性が複雑な脳機能や個性形成に与える影響

ニューロンのゲノム多様性が複雑な脳機能や個性形成にどのように寄与しているとお考えですか?

勝山教授による解説

親に由来しない遺伝子変異をde novo変異といいます。神経発達障害や神経変性症のほとんどは孤発性でありde novo変異が原因です。ゲノムの不安定化がニューロン機能にマイナスの影響を与える場合、胎児期や出生初期に変異が起これば自閉症や精神遅滞の原因となり、変異の種類によってはストレスなどの環境と関連することで青年期に統合失調症を発症させるかもしれません。

また老化に伴うゲノム不安定性の蓄積が認知症の原因となることも指摘されています。ゲノムの多様性を生じうるニューロンの細胞生物学的特徴が明らかになれば、神経発達障害や神経変性症の原因の統一的理解が期待されます。

一方、実験動物個体の経験で受ける刺激がニューロンゲノムを不安定化させることも報告されており、ニューロンゲノムの多様性は神経系の可塑性に働き、各人の性格や行動の違いを作っているかもしれません。個人の多様性は人類社会にとってプラスの効果があるでしょう。

ゲノムの不安定性が脳発生に与える影響に関する研究

ゲノムの不安定性が脳発生に与える影響について、特に注目すべき研究や事例はありますか?

勝山教授による解説

脳の発生過程で生じた変異が病気の原因になるのはよく知られています。滑脳症や多小脳回症といった重篤な脳の形成異常はほとんどの場合にde novo変異によって起こります。またde novo変異は自閉症や統合失調症や精神遅滞の原因となることもあります。

今後の研究と展望

これらの研究の今後の展望についてお聞かせください。

勝山教授による解説

今後の研究によって、ニューロンゲノムの多様性を生み出す分子機構が解明されれば、疾患の理解が進むでしょう。

さらには個々のニューロンに起こるゲノム変異はニューロンの機能的多様性を生じ、脳機能に柔軟性を与え、人それぞれの個性を創り出すとも考えられます。多様な人々の活動は社会に新しい展開を与えます。

そのようにして、ニューロンゲノムの多様性は人類の発展に寄与しているのではないでしょうか。

勝山教授
インタビューにご協力頂いた方
滋賀医科大学/解剖学 勝山裕教授 略歴 2016年より滋賀医科大学解剖学講座・神経形態学部門教授に就任。教育と研究の両立に尽力している。「遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界」共著。「グラント解剖学実習」翻訳。
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