創価大学 文学部 人間学科
山岡政紀教授
略歴
筑波大学 文芸・言語学系助手、創価大学文学部講師、助教授を経て、2004年4月より現職
日本語用論学会副会長、公益財団法人東洋哲学研究所委嘱研究員を務める
日常の会話やビジネスシーンで、相手との関係を円滑に保つための「配慮表現」。こうした表現は日本特有と思われがちですが、他言語や文化にも存在するのでしょうか。
本記事では、創価大学の山岡教授に、配慮表現の種類や文化的背景、さらには世代ごとの使い方の違いについて詳しく解説していただきました。
配慮表現とは、どのような表現を指しますか?
山岡教授による解説
配慮表現は「対人的コミュニケーションにおいて、相手との対人関係をなるべく良好に保つことに配慮して用いられることが、一定程度以上に慣習化された言語表現」と定義されています。例えば、贈り物を贈る際に言う「(1)つまらないものですが」。その贈り物によって借りができたと相手に感じさせないように贈り物の価値を実際より低く言うわけです。相手の依頼を引き受ける際の「(2)お安い御用」は、自分の負担を軽く言うことで依頼する側の心理的負担を軽くするのです。
配慮表現にはどのような種類がありますか?
山岡教授による解説
最新の研究では機能分類として、利益表現、負担表現、緩和表現、賞賛表現、謙遜表現、賛同表現、共感表現の7種があるとされています(山岡政紀編『日本語配慮表現の原理と諸相』くろしお出版、2019年)。先述の(1)は利益表現、(2)は負担表現に分類されます。形式面では(1),(2)のような成句の配慮表現と「(3)ちょっと」や「(4)ぜんぜん」のような単語の配慮表現に大別されます。品詞別では副詞(句)、形容詞(句)、接尾語・補助動詞、文末表現、慣用文など、多様な形式に現れます。
配慮表現は日本独自のものですか?他言語にも存在しますか?
山岡教授による解説
配慮表現はどの言語にもあります。自分の贈り物を低める表現の例では、中国語にも「(5)一点儿心意」(ほんの気持ち)、英語にも “(6)a little token of my gratitude”(ささやかな感謝のしるし)といった類似の表現があります。配慮表現の使用を動機づける発想は通言語的ですが、どのような表現を用いるかは個別言語の構造や文化によって異なります。(1)の「つまらない」はやや極端で日本語固有の表現と言えます。現在、研究書『世界の配慮表現』を編纂中で、近くひつじ書房から刊行される予定です。
若者と高齢者で、配慮表現の使い方に違いはありますか?
山岡教授による解説
配慮表現の使用には世代差が見られます。先述の(1),(2)や「(7)僭越ながら」や「(8)滅相もない」などは主に中高年層が用いる表現で、(1)について若年層は使わない傾向にあるという調査結果もあります。逆に、「(9)それな」や「(10)ほんとそれ」、挨拶として慣習化した「(11)おつかれ」などは若年層が好んで用いる共感表現です。「(12)映画とか見に行かない?」や「(13)お箸のほうおつけしますか?」の下線部なども相手に選択の余地を与える若者独特の緩和表現です。
配慮表現の歴史について、どのような発展がありましたか?
山岡教授による解説
配慮表現研究は2000年前後から一つの潮流になったのですが、その研究成果のなかには配慮表現は奈良時代以降のどの時代にもあったという研究もあります(野田尚史他編『日本語の配慮表現の多様性』くろしお出版、2014年)。配慮表現は敬語のように体系的ではなく、形式も機能も多様なため範疇化が難しく、その視点と方法論が近年ようやく確立したのです。その分、今は若手研究者の研究テーマの宝庫となっています。今後も新しい研究成果がどんどん出て一般的にも認知されるようになっていくでしょう。